6月の雨

(Sun)

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5月に、なぜか昔の自分巡りのブームが起きて、永井真理子のCDをブックオフで買ったりした。
ひととおり聴き直して満足したので、6月には谷村有美のCDを引っぱりだして聴くことに。
僕が持っているのはアルバム3枚。
そのなかの「PRISM」というアルバムの「6月の雨」という曲を、梅雨の雨降りの中でひさしぶりに聴いてみることにしたのです。
そのあと、持っている3枚以降にリリースされたものも聴きたくなって、3枚ほどブックオフで購入。
一枚50円。べらぼうに安かった。

谷村有美って、けっこうCMやドラマの主題歌に使われていたのにマイナーだと思う。
僕も当時、谷村有美を聞いているなんて話は何となく恥ずかしくて、友達にもあまりしなくて、知っているのはせいぜい3人くらい。
かなり親しかった友達でもしらない奴は多いはず。

大学生のとき、学祭の実行委員をしていた友人に、学祭コンサートに誰を呼ぶか、意見を求められたことがあり、谷村有美をイチオシしたことがある(つまり彼は、3人のうちのひとりだ)。
うちの大学の学祭コンサートは、そのときすでにブレイクしている歌手ではなく、まだちょっと出てきたくらいで、これから伸びるだろう、といった歌手を先物買いするというのを、代々の方針としていた(その友人談)。
僕の答えを聞くと、「じつは候補にあがっている」とのこと。
その後めでたく決定したのだけれど、僕はその頃にはいろんなストレスで疲れきっていて、経済的にも厳しかったので、観に行かなかった。
もったいないことをしたなあと、古いCDを聴きながらいまさら思った。
そういうのって、そのときにしかできないことなんだよね。
ほんと、もったいなかったな。
それにもし行っていれば、あの頃ストレスでどうにもならなくなっていたいろんなことが、少しはマシになったかもしれない。
もしかしたら、劇的に何かが変わったかもしれない。

もうずいぶん長いこと、できるだけ過去を振り返らないようにしてきた。
この頃に聴いていたCDだって、まとめて箱に入れて押し入れにしまっていた。
それは、「できるだけ前向きに生きよう」という意識から来たものだけど、
なんとなく、無かったことにしようとしていたきらいもある。
だけど、このCDを聴いていたら、あの頃ほんとうに自分が求めていたものが何だったのか、わかったような気がした。
そして僕は、それを自ら手放したのだということも。
ちょうど、谷村有美を聴かなくなった頃に…。

そして、新しく買ってきた3枚のCDを聴いていくうちに、
「それを手に入れたところで、いずれは失っていた」と考えるようになった。
結局のところ、その頃の僕が漠然と求めていたものは、手にしたとしても維持して行くにはちょっと無理があったように思うのだ。

なんだかわからないままモヤモヤとして、モヤモヤがあることすらわからなくなっていたことが、少しきちんと整理された気がした。
解決したとかそんなのではないけれど、きちんと畳んで所定の抽き出しに納められたかんじ。
心に整理がついたというほどスッキリしたものではないけれど、これからのために、何がどこにあるか把握できていて、必要とあればすぐに取り出せる、そんな環境に少し近づいたようなかんじ。
振り返らないようにしていた、あるいは否定していた過去も、きちんと見えるところに引っぱりだして、それはそれで大事にしないとね。
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